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2021年4月3日土曜日

ワイス博士の前世療法の問題点について、神秘主義的観点から考察する ③著名なヨガ行者パラマンサ・ヨガナンダと前世療法における「前世の記憶」の様態の決定的違い

 拙エッセー「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」の加筆がまだ終わらない。

前掲エッセーを執筆した時点では未読だった前世療法の代表的な提唱者ブライアン・L・ワイスの著作を読み、わたしなりの考察も済ませた。それを前掲記事に挿入すればいいはずだったが、まだ何か足りないものがある、このままではこのエッセーを脱稿したことにはならないという思いが強まっていた。

それが何だったかが、ふとパラマンサ・ヨガナンダ『ヨガ行者の一生』(関書院新社、初版1960、1979改訂第12版)に書かれている前世に関する記述を思い出したことから、はっきりした。

わたしは前世療法を否定していながら、自分にはほのかな前世の記憶があると臆面もなく書いてきた。こうした記憶はわたしにとっては微塵も不自然なところがないばかりか、ほのかでありながらも確固としたものだからだ。「マダムNの神秘主義的エッセー」より引用する。

0「当ブログについて」
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/08/24/112735

わたしの一番古い記憶はこの世に降りてくる前のあの世での光の記憶です。

それは、えもいわれぬ柔らかな精妙な光でした。
幼いころ、この世の太陽の光のきめがあまりに粗くて皮膚に痛く、暗いこの世の光に気持ちまで暗くなって、絶望的な子供時代でした。誰に教わるでもなく、瞑想をする習慣もありました。前世は修行僧で老人になってから死んだ、という漠然とした記憶もありました。
子供のころの空想と思うには、57歳まで生きてきたわたしの人生は神秘主義的にすぎますし、自分を霊媒と考えるには主体的、自覚的にすぎます。脳は生まれ変わるたびに新しくなるので、霊的な記憶だろうと推測するしかありません。
一方では、塀とか木の上のような高いところの好きな普通の子供でもありました。そうした完全な二重生活をまわりの人達も皆送っていると中学生になるころまで、思い込んでいました。

前世の記憶を基礎として今世での新たな人生が展開している――との自覚が子供のころから、もうすぐ63歳になろうとしている今日に至るまで、通奏低音のように自分の中に存在しているから、書かずにはいられなかったことだといえる。

こうした記憶は少なくとも、他人に施された前世療法によって抽出ないしは付与されたものではない。前世の淡い記憶の中で、わたしの幼年時代は始まったのである。

それは、思い出す必要があったから思い出したまでのことだとわたしは考えており、思い出す必要もないのに、治療と銘打って催眠という手段を用いてまで前世に関わろうとする必要があるのか、甚だ疑問である。

ワイス博士の著作を読む限りでは、前世療法を用いなければならないだけの説得力に乏しいように思う。

わたしは『ヨガ行者の一生』を読んだ若かった頃に、ヨガナンダが前世について述べるくだりを何の違和感もなく読んだばかりか、その文章はわたしの前世の記憶に対する信頼感を高めてくれる気がした。ヨガナンダは述べている。

私のごく幼い頃の思い出は自分の前世のさまざまな場面を網羅していた。ヨガの行者として、ヒマラヤの雪の中にいた遠い昔のことを、わたしは子供心にはっきり想い出すことが出来た。かかる過去への瞥見は、ある超次元的連鎖によって未来に対する予見をも私にあたえてくれた。(ヨガナンダ,1979,p.1)
ヨガナンダは過去の記憶――前世の記憶――について、次のような見解を述べる。
私の遠い過去の記憶は、別に独特なものではない。多くのヨガ行者たちは、生から死へ、また死から生への劇的変化によって、途切れることのない自己意識を保持しているといわれている。もし人間が、単に肉体だけの存在であるとするならば、その消滅は自己意識に終止符を打つわけであろう。だが、数千年来の予言者たちの言葉が真実であるとするならば、人間は本質的には霊的性格のものである。その人間個性の永続的核心が、此の世における暫くの期間、感覚的知覚と結びついたにすぎないのである。幼児の記憶をはっきり持っているということは、あながち稀なことではない。多くの国々を旅する間、私は幾多の誠実な男女の口から語られる幼い頃の思い出に、しばしば耳を傾けたものである。(ヨガナンダ,1979,pp.1-2)
しかし、ヨガナンダの前世の記憶は、前世療法を受けた人々に多く共通するところの、事細かに一部始終が明かされるといった冗長な、物語のような記憶とは異なる。ヨガナンダの前世の記憶は断片的な、前後のつながりを欠いて表れる閃きのようなものが主たるもので、恩師スリ・ユクテスワァに出逢ったときの前世の記憶の蘇りもそうであった。

道のはずれに黄褐色の僧衣をまとった、キリストのような一人の男がジッと立っている。その顔は昔から見慣れた顔のようでもあり、みた途端に親しさを覚えさせるような顔でもあった。私は一瞬、穴のあくほど彼を見つめた。すると、或る疑いが胸に沸いてきた。
「お前は此の托鉢僧を誰かと間違えているな。さあ、白昼夢なんか見ていないで、さっさと歩くんだ」私はこう考えた。(ヨガナンダ,1979,p.77)

この後、ヨガナンダに貴い師の記憶が蘇った瞬間のことは、次のように感動的に描かれている。

沈黙の聖歌が雄弁に師の心から弟子の心に流れた。私は鋭い洞察力を以て、この聖者こそ神を知る人であり、私を神に導いてくれる永遠の師であることを直観した。この夢のような現実は、私の前世の記憶と渾然一体となっていた。何たる劇的な瞬間! 過去、現在、未来が一点にめぐり合った瞬間! 太陽がこの聖者の足許にひざまずく私を見たのは、これが始めてであったろうか。(ヨガナンダ,1979,pp.78)
自律精神がヨガナンダを特徴づけている。霊媒とは無縁の品格がその著作から伝わってくる。神秘主義で催眠術は黒魔術に属する。危険な催眠術を施されて霊媒性質を強められ、前世療法という科学的名目を掲げた降霊術の霊媒になってしまったら、元も子もない。

何も急いで前世を思い出す必要はない。必要なときにその記憶は自ずから蘇るはずである。

マダムN 2021年2月13日 (土) 22:45

ワイス博士の前世療法の問題点について、神秘主義的観点から考察する ②

 拙エッセー「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」に加筆するために、ブライアン・L・ワイス(山川紘矢・亜希子訳)『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』(PHP研究所、1991)を図書館から借りて読んでいた。

ところがこの本が汚されていて、勇気を出しても開くことができない。仕方なく、文庫版を購入。ブライアン・L・ワイス(山川紘矢・亜希子訳)『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』(PHP文庫 - PHP研究所、1996)。文庫版を読了した感想は、①で書いたことと変わらない。

被験者キャサリンは検査技師。彼女の父親は船乗りで家を留守にしがちであり、長年アルコール中毒患者だった。母親は鬱状態になり、精神科医にかかったりしたが、大事に至らずに済んだ。

 父親のアルコールの消費量が増えるにしたがって、母親とのいさかいが激しくなり、母親は次第に暗く、黙りがちになった。しかし、キャサリンは、これも一つの家庭のあり方だとして、受け入れていた。
 家の外では、ずっとうまくいっていた。高校に入学すると、彼女はデイトをし、友達にも溶け込み、ほとんどの友達とはその後もずっとつき合っていた。しかし、彼女はなかなか人を信頼できない自分に気かついた。特に自分の友達の小さなグループ以外の人は、どうも苦手だった。(ワイス、山川紘矢・亜希子訳、1996,P.13)
こうしたことを、キャサリンはワイス博士のカウンセリングによって、自力で思い出している。

高校卒業後、2年間専門学校に通い、検査技師の職を得て自活するようになると、「自分の家のごたごたから逃げ出せたのがうれしかった」(ワイス、山川紘矢・亜希子訳、1996,P.14)

ところが彼女が病院で働いていたときに知り合った小児科医スチュアートと知り合ってから、恐怖症や不安の発作が頻繁に起こるようになる。

その原因を探るために、ワイス博士はキャサリンに前世療法を行うに至る。前世療法を行わなければならないような事例だろうかと素人のわたしは疑問に思う。

なぜなら、キャサリンの精神的な異変はスチュアートとの出会いのときからで、彼女はそのスチュアートとは不倫関係に陥っていたからである。彼女の混乱の原因がこのこと以外にあるだろうか。

相思相愛で、家族にも友人達にも社会的にも祝福された、美しくあるべきはずの恋愛が不倫であったため、彼女には良心の呵責に耐えられないとか自己嫌悪といった精神的葛藤が起きただろうし、スチュアートに対する不信感も当然起きただろう。

ただ、彼女には父親から幼児期に性的悪戯を受けたトラウマがあった。

キャサリンの神経症の原因として考えられるのは、一にキャサリンが自ら惹き起こした不倫、二に父親という他者から惹き起こされた性的トラウマなのだが、ワイス博士の考えは、この二つの区別を慎重につけることをしないまま、表面上現れた障害をとにかく除去できればいいというものに思える。

そもそも父親からの性的悪戯という忌まわしい出来事は、「癒える」性質のものなのだろうか。これは彼女個人の問題というより、人類の問題、社会の問題ともいえるものだ。

しかし、この問題は表面上は癒えていた。それが問題化したのは、やはり、スチュアートとの不倫が始まってからのことだった。

それで病気になったのであれば、不倫は病気か? 

不倫問題は、妻子の視点では、キャサリンはスチュアートと同罪の加害者である。

前世に遡って、それがカルマの結果であることがわかったというのなら、別の展開が期待できる気がするが、このキャサリンのケースを見る限りでは、現世で彼女に被害をもたらした相手は前世でもそのような人物なのである。

同じ事の繰り返しで、カルマは何の働きもしていないかのようだ。

堂々巡りのような前世から現世の出来事がわかったからといって、なぜ、神経症が癒えたのか、わたしにはわからない。わたしであれば、カルマは何の働きもしてくれないことがわかり、むしろ絶望感が深まるだろう。

そもそも、催眠下での彼女の語りが、本当に前世の体験談なのかどうかは不明のままである。

キャサリンが前世の体験らしきものを語り、やがてマスターらしき人物が現れると、彼女の口を通して教訓を垂れ、それをワイス博士が謹聴するその光景は、日本では馴染み深いイタコさんと依頼者そのものだ。

そして、神智学的観点から読めば、どう読んでもキャサリンは前世療法という催眠療法を受けて霊媒になってしまっている。

複数現れるマスター達は、カーマ・ローカ(ハデス、アメンティ、黄泉などと呼ばれる、主観的な半物質的世界)の幽霊だろう。

救いは、彼女自身が、マスターなどの媒体となることを嫌がって受診を終わりにしたがり、ワイス博士が――残念に思いながらも――それに同意したことである。彼女自身の健全な警戒心が働いたことで、完全に霊媒になってしまうことから免れられたのかもしれない。

前世ごっこ――霊媒ごっこ――をするより、もっと安全な、一般的な工夫で、彼女程度の症状であれば、緩和されたのではないかという気がしてしまう。

前世療法、そして巷で占いとして行われているオーラ診断といったものは、眠れる予言者といわれたエドガー・ケーシーを参考にしているように思われる。

わたしはケーシーについて、かなり疑問に思っている。ケーシーのリーディングは格調高く聴こえるが、所詮は霊媒の戯言ではなかったか。

それというのも、オーラがケーシーのリーディングでいわれるようなものにすぎないとはわたしにはとても思えないからである(拙はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」における以下の2本の記事を参照されたい)。

 29 わたしが観察したオーラと想念形体、そしてプライバシーに関わると考える他人のオーラ
 https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/09/29/200625

 65 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ①「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/10/26/075003


26日にオーラに関する追記:

関連記事として挙げた「65 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ①『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』」中、オーラの考察としてまとまった部分があるので、以下に引用しておく。

オーラが見え始めたのは、大学時代だった。

わたしがいうオーラとは、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学ニッポン・ロッジ、竜王文庫、1995・改版)の「用語解説」にある、「人間、動物、その他の体から発散される精妙で目に見えないエッセンスまたは流体」(*1 ブラヴァツキー,田中訳,1995,用語解説「オーラ(Aura,希/羅)」p.22)を意味する。

人間が不死の部分と死すべき部分からできているということを知らなければ、オーラが何であるのかを理解することはできない。このことの詳細――人間が七つの構成要素からなるということを、わたしはH・P・ブラヴァツキーの神智学の論文を通して教わった。

すなわち、人間が不死の三つ組みと死すべき四つ組からなることを。七つの構成要素のそれぞれについて学ぶことはわたしには歓びだったが、一般の方々はどうであろうか。

わたしにとって、オーラの美しさに匹敵するものはこの世になく、オーラの美しさをいくらかでも連想させるものといえばオーロラくらいなので、ときどきしかオーラが見えないのはつまらないことに思っていた。

最近までずっとそう思っていたので、神智学徒だった高齢の女性のオーラがありありと見えた 20 年も前のことを毎日のように回想し、あのように美しい光にいつも浴していられればどんなに幸福なことだろうと思っていた。

しかし最近になって、オーラはたまに見えるくらいが丁度よいと思えるようになった。

尤も、強く意識し目を懲らせば、オーラというものは低い層のものなら容易く見ることができる。

物体の輪郭――例えば開いた手の輪郭に目を懲らしていると、指の輪郭を強調する、ぼんやりとした弱い光が、次いで夕日の残照のように射して見える色彩やきらめきなどが見えてくる。さらに目を懲らしていると、光はいよいよ豊富に見え出す。

だが、そんな風に意図的にオーラを見ようとする試みは疲労を誘うし、その水準のオーラを見ても、つまらないのである。自然に任せているのに、オーラが断片的に見えることはちょくちょくあるが、そのオーラがありありと見えることはわたしの場合はまれなのだ。

ありありと見えるオーラーーオーリックエッグと呼ばれるオーラの卵そのものは、観察される人の高級我が自ら開示してくれる場合にのみ、その許された範囲内において、観察可能なのではないかとわたしは考えている。

創作中は自身のハートから放射される白い光に自ら心地よく浴していることが普通の状態で、創作が生き甲斐となっているのもそれが理由なのかもしれない。

生者のオーラに関していえば、それが見えるとき、肉体から放射される光のように見えていて、肉体はその光が作り出す影のように見える。観察する側の感受性が高まれば高まるほど、その影は意識されなくなっていき、遂には光だけが意識されるようになる。

死者についていえば、死者を生きていたときのような肉体としての姿で見たことはまだない。死者が訪れ、近くに死者がいたときに、輪郭をなぞる点描のようなものとして見えたことがあった以外は、ほとんど何も見えなかった。いわゆる幽霊が見えたことは一度もないのだ。

それなのに、存在は感じられた。そして、たまたま死者の訪問時に死者のオーラが見えたこともあったが、そのとき、おそらくわたしは生者のオーラを見るときと同じように死者のオーラを見ていたのだと思われ、死者の肉体が存在しないせいか、光だけが見えたのであった。

たぶん、わたしの感受性がこの方向へ日常的に高まれば、物体は圧倒的な光の中に縮んだ、おぼろな影のようにしか見えなくなるだろう。オーラは人間にも動物にも植物にも物にすらあるので、留まっている光や行き交っている光のみ意識するようになるに違いない。世界は光の遊技場のように映ずるだろう。

そのとき、わたしはこの世にいながら、もうあの世の視点でしかこの世を見ることができなくなっているわけで、それは地上的には盲目に等しく、この世で生きて行くには不便極まりないに違いない。

以下の断章は、神智学徒だった高齢の女性のオーラを描写したものだ。

……(引用ここから)……頭を、いくらか暗い趣のあるブルーが円形に包み込んでいた。その色合いはわたしには意外で、先生の苦悩ないしは欠点を連想させた。全身から、美麗な白色の光が力強く楕円形に放射されていて、その白い楕円の周りをなぞるように、金色のリボンが、まるで舞踏のステップを踏むように軽やかにとり巻いていた。金色の優美さ、シックさ、朗らかさ。あのような美しい白色も、生き生きとした金色も、肉眼で見える世界には決してない。……(引用ここまで)……

そのときわたしはあの世の視点で他者のオーラを見ていたわけで、そのときのオーラは物質よりも遙かに存在感が勝っており、こういういい方は奇妙だが、光の方が物質よりも物質的に思えるほど重厚感があった。反面、女性の肉体は存在感のない影だった。

圧倒的な白色を、まるで保護するように取り巻いていた金色のリボンは何かの役割を帯びた組織なのだろうが、その組織の性質が作り出す形状は装飾的といってもよいぐらいだった。

 ……(後略)……



マダムN 2021年1月25日 (月) 19:37

ワイス博士の前世療法の問題点について、神秘主義的観点から考察する ①

 拙はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」における「注目記事」のランキング上位によくエッセー 77「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」が来るので、いずれ動画化したいと思っていた。

加筆の必要があったため、とりあえず、主幹ブログ「マダムNの覚書」にノートした。まとめる作業をしやすいように、当ブログにアップしておく。

前掲の拙エッセー「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」に、米国の精神科医ブライアン・L・ワイスが前世療法の提唱者と書き、ウィキペディアを始めとするネットで情報蒐集したことからこの療法の危険性をほぼ確信していたのだが、肝心のワイス博士の著作を読んでいなかったので、代表的著作を数冊読んでエッセーを改稿してからでないと……と思い、とりあえず図書館検索だけしておくつもりで、検索した。

残念ながらワイス博士の著作は、ブライアン・L・ワイス(山川紘矢・亜希子訳)『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』(PHP研究所、1991)一冊しかヒットしなかった。幸いなことに、1988年にサイモン・アンド・シャスター社から上梓されたこの著作は全米的なベストセラーとなったもので、代表的著作といってよい作品のようだ。

Amazonの商品説明から引用させていただく。

    商品の説明
    内容(「BOOK」データベースより)

    「私は18歳です…長いドレスを着ています…時代は紀元前1863年です…」催眠治療中の女性患者が、前世の記憶を鮮やかに語りはじめた。彼女を通して伝えられた精霊達のメッセージによって、精神科医は現代科学では説明できない輪廻転生の世界を徐々に理解していく。―神秘的とも言える治癒の記録を綴ったこの手記は、人間観・人生観の革命であり、生きる真の意味を教えてくれる。
当記事を書いている現時点で、135個の評価、星5つ中の4.4である。レビューした人々の中には同業者もおられるようだ。神秘主義=心霊主義と捉えている人が多い。著作の内容からすると、ワイス博士もどうやらそうだ。

『前世療法――米国精神科医が体験した輪廻転生の神秘』の「著者について」(p.266)には、ワイス博士の略歴が紹介されている。

   1966年コロンビア大学を優等で卒業後、1970年エール大学医学部で医学博士号をとる。……(略)……現在、フロリダ州のマイアミビーチにあるシナイ山医療センターの精神科部長兼マイアミ大学医学部精神科の教授をつとめている。
   ワイス教授の専門分野は、うつ病と不安症、不眠症、薬物濫用による精神障害、アルツハイマー症、脳化学等の研究及び治療である。
まだ半分読んだところなので、全部読めば違った感想になるかもしれない。が、おそらく自身の結論が覆ることはないだろう。わたしがタイトルに書いたことは正しかったと現時点では確信している。

ワイス博士の著作を信奉して治療するピプノセラピストとその療法を受ける患者がどれくらいの数に上るのだろうと思い、すっかり怖くなってしまった。

ワイス博士の略歴を見ると、優秀な頭脳の持ち主であるようだ。しかしながら、神秘主義に関しては素人であり、主に心霊主義の著作を参考にしながら、時々神秘主義の著作のあちこちから恣意的に拾ってきて前世療法の理論構築に使っている。つまり、神秘主義的観点から見れば、子供の火遊びに等しいことをワイス博士は行っている。

そもそも、学者なのに、なぜワイス博士は、引用したり参考にしたりした箇所の情報をきちんと報告しないのだろう? 大衆向きに執筆したからだろうか? それならば、学者としての自身の身分を公言する必要もなかったのではないか。

わたしが読んで戦慄した箇所は、前世療法の被験者キャサリンのゆっくりとしたささやくような声が、突然、大きなしゃがれた確信に満ちた声になった箇所である(p.48)。

ワイス博士は、キャサリンがその声の持ち主を「マスター達、すなわち、現在は肉体に宿っていない非常に進化した精霊達」(p.同上)であると突きとめたと記す。

その少し前に起きた出来事として、キャサリンは全レース当たり馬券を買った(儲けのために賭け事をしたのではなく、父親に自分に起こっていることは本当だと証明するためだった)。

いずれにしても、ワイス博士は前世療法を施すことで、キャサリンを絵に描いたような霊媒にしてしまった。そのような霊媒に「マスター達」が出現するはずもない。出現したのは、マスターを騙るカーマ・ローカの幽霊に違いない。

キャサリンの悩みは消えたのかもしれない。しかし、その悩みと一緒に彼女の繊細な感受性や明晰な知性もどの程度かは失われたのではないだろうか。いや、霊媒性質を強められたことで、いずれ深刻な事態が彼女を襲わないとは限らない。

環境や人間関係に不協和音を生じたために神経症や強迫観念が起きたと思われるキャサリンは、前世療法を受けたために、小難逃れて大難に陥ったと思えてならない。

次の箇所を読んで驚いた。わたしが自然に行うようになり、また三浦関造先生の著作で確認したヨガの技法に似たことが書かれていたからだ(「マダムNの神秘主義的エッセー」所収、エッセー95「H・P・ブラヴァツキーの病気と貧乏、また瞑想についての貴重な警告」)。これは、誰の何という著作を参考にしたものなのだろうか?

続いて、頭のてっぺんに、白くてまばゆい光をイメージするようにと指示した。それから、私がその光をゆっくりと体全体に拡げさせてゆくと、彼女の体全体、すべての筋肉、すべての神経、すべての器官が完全にリラックスし、彼女はますます深い安らぎと平和へと導かれていった。(ワイス,山川紘矢・亜希子訳,1991,p.22)
これは自分でできるはずなので、こうした技法を教えるにとどめ、子供の頃の父親によるセクハラと現在の恋愛問題がキャサリンを窮地に陥れていることを考えれば、改善できる余地は前世療法以外にありそうな気がする。

何より、ワイス博士には指南役にはふさわしくないところがある。催眠術自体が神秘主義では黒魔術であることに加え、ワイス博士は自分の好奇心を優先させて、施術を進めるときがあるからだ。

先週のセッションの興奮が続いていて、私は彼女をまた、中間生へ行かせたくてたまらなかった。すでに、彼女が召使いだった過去生のことに、九十分も費やしていた。私はヘッドカバーのかけ方、バターの作り方、樽のいぶし方などを微に入り細に入り聞かされていた。私はもっと霊的な話を聞きたかった。待ち切れなくて、私は、彼女を死の場面まで進ませた。(ワイス,山川紘矢・亜希子訳,1991,p.53)
これが子供同士の火遊びでなくて、何だろう?

わたしは、エッセー77「前世療法は、ブラヴァツキー夫人が危険性を警告した降霊術にすぎない」で次のように書いた。

    ある一連の動画では、はじめはごく普通に見えた女性がセラピストの退行催眠によって次第に異常体質を強めていき(霊性を弱められ)、霊媒になっていく過程をつぶさに確認できた。
    退行催眠中に「あの世にいるマスター」が側に出現するようになり、彼女を通じて前世の細かな様子を語り、忠告などを行う。
この動画で視聴した日本での前世療法は書籍化もされているようで、それも借りた。それにしても、前世療法の現場で決まって(?)出現する「マスター」と呼ばれる存在が気持ち悪すぎる。

マダムN 2020年11月19日 (木) 19:27

2021年3月4日木曜日

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ⑩インデックス

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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インデックス: ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 


①オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ
https://n2019memo.blogspot.com/2021/02/to.html

②大田俊寛『現代オカルトの根源』、レイチェル・ストーム『 ニューエイジの歴史と現在 』を読書中。
https://n2019memo.blogspot.com/2021/02/to_28.html

③国際的な医学雑誌「ランセット」からの引用が、1889年出版のブラヴァツキー著『神智学の鍵』に登場していた!
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to1889.html

④レイチェル・ストーム『ニューエイジの歴史と現在』で紹介された、ブラヴァツキー夫人に対する非難の無邪気すぎる内容
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to.html

⑤ T・O氏はオウム真理教の御用作家なのか?
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to-to.html

⑥大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to_1.html

⑦ブラヴァツキー夫人の伝記にあった引用文を探して
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to_4.html

⑧ブラヴァツキー夫人の伝記にある引用に関する昨日の続き
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to_20.html

⑨「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人は言う
https://n2019memo.blogspot.com/2021/03/to_64.html

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ⑨「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人は言う

 ※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年9月15日 (火)
「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人は言う
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/09/post-0656f0.html

素粒子物理学によると、物質を構成する最小の単位(基本粒子)は素粒子と呼ばれ、クォークは素粒子のグループの一つである。

わたしは科学音痴であるにも拘わらず、23歳のとき、以下の本を書店で見つけ、購入した。クォークが物質の最小単位と騒がれていたころだった。以下はAmazonの書籍情報から。

クォーク―素粒子物理の最前線 (ブルーバックス (B‐480)) 新書
南部 陽一郎 (著)
出版社 : 講談社 (1981/11/1)

われわれは物質の究極にたどりついたか?
陽子や中間子はもはや素粒子ではない。その代りに登場したのが「クォーク」だ。しかし、クォークを求め、これを支配する法則を探り、揺るぎない物質の根源を究めようとした努力の果てに、何とすべての物質が崩壊するという驚くべき可能性がほの見えてきたのである。本書は、素粒子物理学が過去50年間にどう発展し、現在何がわかっているかを、物理学者がどんな考え方をたどっていまの位置に到達したのか説明しながら、具体的かつ系統的に解説する。
本を見つけて興奮したが、それは読んだばかりのハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)の中で、素粒子物理学の瑞々しい発見に横槍を入れるようなことが書かれていたからだった。
 1891年に「電子」という言葉がはじめて使われました。偉大なロシア人、バトラーロフのような数少ない科学者達は何か固い、目に見えないものという、昔からの原子の概念を疑いはじめていました。しかし、彼等はこれは物質の存在そのものを疑うのと同じであると自認していました。
 科学が原子は分割できるということを確認した時より3年前に、ブラヴァツキー夫人はシークレット・ドクトリンに次のように書きました。「原子は弾力があり、分割することが出来るものなので、分子即ち亜原子で構成されていなければならぬ……オカルティズムの全科学は物質の幻影的性質と原子の無限の分割性との理論の上に築かれている。この理論は、実質について無限の視界を開く。実質はあらゆる微妙さの状態にあり、その魂の神聖な息によって生気を吹き込まれるものである」
 しかし、一般に、人々はこのようなオカルトの真理と世界の形勢と運命とを変える科学的傾向には殆ど関心がありませんでした。
(マーフェット,田中訳,1981,p.405)
9月5日の記事でも書いたように、マーフェットはこの文章で、『シークレット・ドクトリン』の「Vol. 1, Page 519」から「Vol. 1, Page 520」にかけて引用を行っている。

H. P. Blavatsky. “The Secret Doctrine: A Synthesis of Science, Religion, and Philosophy.”,Vol.1,pp.519-520. The Theosophical Society International Headquarters – Pasadena, California. https://www.theosociety.org/pasadena/sd/sd1-3-06.htm, (accessed 2020-09-05).

「原子の無限の分割性」とブラヴァツキー夫人はいう。つまり、クォークは物質の最小単位ではないとブラヴァツキー夫人は述べているのだ。

そのほのめかしは現代の素粒子物理学からも感じとれるが、科学を物質の領域に限定すれば、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部博士の「クォークを求め、これを支配する法則を探り、揺るぎない物質の根源を究めようとした努力の果てに、何とすべての物質が崩壊するという驚くべき可能性がほの見えてきた」というような心配も起きるのだろう。尤も崩壊するのは物質ではなく、近代科学が築いた壁なのだろうが……。

ブラヴァツキー夫人の亡くなったのが和暦でいえば明治24年(1891)、生まれたのは江戸時代であったことを思い出しておこう。ブラヴァツキー夫人の時代に使われていた科学用語や哲学用語を使って、当時の科学者どころか現代の科学者さえ未だ探究していない物理化学現象を説明しようとするとき、夫人は神話の言葉や錬金術用語まで使わざるをえなかった。そうしたものには、神聖なオカルト科学のエッセンスが存在したからである。

1981年に上梓された前掲書『クォーク』の中で南部博士が「素粒子物理学の50年の歴史」とお書きになっているから、ブラヴァツキー夫人の時代には素粒子物理学という分野は存在しなかったのだろう(その程度のこともわからない人間が当記事を書いているのだとお含みおきいただきたい。息子が読んだら失笑ものだと思う。喧嘩さえしていなければ、優しくて面倒見のよい、生き字引のような息子にちょっと読んで貰えるのだけれど)。

素粒子(elememtary particle)という用語も、『シークレット・ドクトリン』のインデックスでは見つけられなかった。elememt、elememtal、elememtary というという言葉は頻出するのだが。

ブラヴァツキー夫人は、前掲の引用の続きに当たるようなことを、『シークレット・ドクトリン』の議事録で述べている。
本当の原子は物質界には存在しません。定義によると、点は位置はあるが、オカルティズムではこれは普通の意味の場所と受けとってはいけません。本当の原子は空間と時間を超えます。……(略)……原子は物体あるいはむしろ分子の第七本質にたとえることができ、オカルティストにとっては、実際に、その第七本質です。物理学または化学的分子は無数のより精妙な分子から成っており、これらは数えきれない、更に精妙な分子から成っています。例えば、鉄の一分子を分子でなくなるように分解してみなさい。すると分子は間もなく、その七本質の一つとなり、即ちそのアストラル体となります。七本質の第七番目のものは原子です。分解前の鉄の分子と分解後のそれとの関係は、死ぬ前の肉体と死後の肉体との関係と同じようなものです。体はなくなりましたが、諸本質は残ります。もちろん、これはオカルト的なアルケミーであって、近代化学ではありません。
(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、議事録pp.694-696)
このことは、「人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも『七本質』という七つの要素からなっている」(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『実践的オカルティズム』神智学協会ニッポン・ロッジ、1995、用語解説p.23)という神智学の教えを理解しなければ、意味不明なものとなるしかない。

ところで、南部博士の『クォーク―素粒子物理の最前線』は第2版が1998年に上梓されている。 以下はAmazonの書籍情報から。
クォーク 第2版 (ブルーバックス)
南部陽一郎 (著)
出版社 : 講談社 (1998/2/20)

すべての物質は何か共通の基本的な材料からできているのではないか?この考え方から出発して、物質の究極的構造を求め、それを支配する基本法則を探る素粒子物理学。それがどのように発展し、どこまで来たかをトップ・クォークの発見を踏まえて見渡し、解説する。
ブラヴァツキー夫人の『シークレット・ドクトリン』には、「すべての物質は何か共通の基本的な材料からできているのではないか? 」という問いへの回答もある。
無限で不老不死の唯一の宇宙元素だけが存在し、その他のものすべて、即ち大宇宙的結果から小宇宙的結果に至るまで、又超人から人間や人間より下の存在に至るまで、簡単に言えば、客観的存在のすべてはその唯一のものが多種多様に分化した諸面であり、今は相関関係(correlation)といわれている変形であることをもし学徒が覚えているならば、最初の主な難点はなくなり、オカルト宇宙論に熟達することができるだろう。
(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、p.293)
宇宙中の各原子には自己意識が可能性として潜在しており各原子はライプニッツの単子[モナド]のように、それ自体の宇宙であり、また自らのための宇宙でもある。それは原子であり、天使である。(同書,p.335)

星から鉱物原子に至るまで、最高のディヤーニ・チョーハンから最小の滴虫類に至るまで、完全な意味で、大自然の複合物の各構成物の究極的エッセンスが根本的に統一していることはオカルト科学の唯一の基本である。それが霊的世界または知的界、物質界のいずれに当てはめても違いはない。“ 神は果てしない無限の広がりである”とオカルト諺は言う。(同書,p.352)
ブラヴァツキー夫人は、シークレット・ドクトリンは古代の智惠を集めたものだという。

これは人類の揺籃期を見守って来た高位の存在の教えが一つの初期の人種から別の人種に口頭で語り伝えられた伝統をテストし、真実であることを実証させられた幾千代もの賢者達のそれぞれの経験を網羅している途切れることのない記録である。第五根本人種即ち最後の大洪水と大陸の変動から救われた人種の“ 賢者達”はそれを教えることなく、長いこと学びながらその生涯を過ごして来た。どのようにして彼等は学んで来たのだろうか? 自然のあらゆる分野の中で昔の伝統を偉大なアデプト達の独自のヴィジョンによって照合し、試し、確証することを通してである。偉大なアデプト達は肉体的、知的、サイキック的、霊的な諸器官を最高度に発達させ、完成させた方々である。一人のアデプトのヴィジョンは独自の得られたヴィジョンと何世紀もの経験によって照合され、確証されるまで受け入れられることはなかった。
(H・P・ブラヴァツキー、田中恵美子&ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ、1989、pp.545-546)
この文章は、ブラヴァツキー夫人の宇宙発生論(Cosmogenesis)及び人類発生論(Anthropogenesis)、即ち『シークレット・ドクトリン』全体を読んだときに(読めたときに初めて)、深い感動と共に読者を包み込むに違いない。

ちなみに、前掲書『クォーク―素粒子物理の最前線』によると、「クォークという『おかしな名前』」(p.21)は、クォーク仮説の提唱者の一人であるゲルマンがつけたものだそうだ。
ジェイムズ・ジョイスの小説フィネガンズ・ウェイク(Finegans Wake)の中の一句から取ったと、ゲルマンは断っている。いずれにしても、これらの名前は著者のウィットを示すもので、意味をせんさくする必要はない。クォークという名が一般に通用しているのは、言葉の神秘的な響きと命名者の権威によるものであろう。(南部,1981,p.124)
昔、この本を読んだときはジョイスの小説は未読だったので、何とも思わなかったに違いない。今はそうでもない。正直にいえば、はらわたが煮えくり返るような気持ちである。勿論、クォーク仮説の提唱者の一人であるゲルマンに対してではなく、ジェイムズ・ジョイスに対してである。なぜそういう気持ちになったのかは、拙「マダムNの神秘主義的エッセー」の以下のエッセーをお読みいただければ、わかっていただけるのではないかと思う。
96 ジェイムズ・ジョイス (1)『ユリシーズ』に描かれた、ブラヴァツキー夫人を含む神智学関係者5名

97 ジェイムズ・ジョイス (2)評伝にみるジョイスのキリスト教色、また作品の問題点
ブラヴァツキー夫人はジョイスの悪ふざけの対象となり、また、日本の数名の学者達によってオウム真理教事件と執拗に関係づけられてきた。

その学者の一人である大田俊寛氏は、過去記事で書いたように、ブラヴァツキー夫人の代表的著作『シークレット・ドクトリン』を、『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)や『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011)で採り上げ、内容とはかけ離れた紹介の仕方をしている。

まともに両書を読み比べてみると、大田氏の著作に書かれたブラヴァツキー夫人に関する部分が如何に噴飯物であるかがわかるだろう。

 

※当ノートに加筆、修正を加え、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」 にエッセー106「『原子の無限の分割性』とブラヴァツキー夫人は言う」として収録、公開中である。

 その後、機械朗読によるYouTube動画化も行った。


 

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ⑧ブラヴァツキー夫人の伝記にある引用に関する昨日の続き

 ※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年9月 5日 (土)
ブラヴァツキー夫人の伝記にある引用に関する昨日の続き。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/09/post-fb5a34.html

ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)の第29章に出てくる引用が原書のどこからなのか、リンクを張っておきたい。

インドのチェンナイ市アディヤール(Adyar)に本部を置く神智学協会から独立したウィリアム・クァン・ジャッジ(神智学協会の3人の創立者の1人で最年少)がカリフォルニア州パサデナ(Pasadena)に設立した神智学協会のホームページのオンライン文献(ONLINE LITERATURE)に『シークレット・ドクトリン』があるので、そこ(HTML version)へのリンクである。

H. P. Blavatsky. “The Secret Doctrine: A Synthesis of Science, Religion, and Philosophy.”,Vol.1,pp.519-520. The Theosophical Society International Headquarters – Pasadena, California. https://www.theosociety.org/pasadena/sd/sd1-3-06.htm, (accessed 2020-09-05).

伝記では、「Vol. 1, Page 519」から「Vol. 1, Page 520」にかけて、引用が行われている。伝記で行われている引用やそれに関連する『シークレット・ドクトリン」の文章については、続きの記事で。

『シークレット・ドクトリン』は宇宙発生論(Cosmogenesis)、人類発生論(Anthropogenesis)、インデックスで構成されており、優れた邦訳が宇宙発生論、人類発生論の各前半部分は上梓されている。しかし、この引用はまだ邦訳が出ていない宇宙発生論の後半部分にある。

引用元のページだけ読んでもわかりづらいだろうし、また、英語ができるからといって予備知識もなしに読める文章ではないと思いうが、ざっと読んでいただくだけでも、大田俊寛『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)で書かれているような「数々のミスティーフィケーション(神秘化やごまかし)の手法によって、自説の深遠さを過分に装っていた」(045頁)類いの文章ではないことがわかっていただけるのではないかと期待する。

ブラヴァツキー夫人に対する誹謗中傷にわたしが拘るのは、ブラヴァツキー夫人の諸著には、今後科学が進歩していくにつれて花開くであろう多くの貴重な種子が存在しているのではないかと思うからなのだ。その種子は科学が進歩するためのヒントとなるはずである。現に、アインシュタインは『シークレット・ドクトリン』を愛読していたといわれる。

わたしは若輩者ではあるが、文学書からの引用はほとんど全て、哲学書からの引用は一部、霊的な事柄についてはごくごく一部にすぎませんが、適切な引用とそれを上回る説明がなされていることが確認できる。

しかしながら、科学的な部分に関しては音痴で、さっぱりわからないのである。

ブラヴァツキー夫人の著作を科学の各分野の専門家がお読みになったらどう思われるだろう? 古代キリスト教・グノーシス主義の研究家がお読みになったらどうなのか?

誹謗中傷の煙幕を張られていたのでは、そうした方々の目に触れる機会がなくなってしまうとの焦りを覚えるのである。そうこうしている間にも、単純な唯物論に依拠した共産主義が思わぬ拡大のしかたをしている。煙幕が濃くなるばかり。

息子は化学を博士課程まで学んだが、博士課程からは社会人であったために卒論を納得がいくだけのものに仕上げる時間がとれず、残念ながら退学した。

わたしは身近な理系人間である息子に読んでほしい気がして、それとなく働きかけたことがあったが、わたしとは逆に息子は――歴史的教養を除けば――文系的教養に欠けているので、わたしと同じように、理解するには足りない苦労をするだろうし、まあ興味が持てなければそれまでだ。いつか興味を持ってくれないかなと思ってしまうのであるが……

尤も、『シークレット・ドクトリン』を完璧に読みこなせる人は一握りだろう。竜王会、神智学協会ニッポン・ロッジには相当読みこなせるかたが複数名いらっしゃると思うが、故田中先生は抜群にいい線いかれていた。すばらしいかただった。オーラも本当に美しかった。お亡くなりになった今もわたしの尊敬の対象であり、憧れの対象だ。

ただ、この田中先生にしても、そのお父様であった三浦関造先生にしても崇拝しているわけではない。大田氏が勘違いしがちな点だ。この微妙な違いがわからないだろうか? 大きな違いなのだが。オウム真理教信者の麻原崇拝とは別物であるということである。

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ⑦ブラヴァツキー夫人の伝記にあった引用文を探して

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年9月 4日 (金)
ブラヴァツキー夫人の伝記にあった引用文を探して。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/09/post-c442c9.html

まだブラヴァツキー夫人批判に対する感想の続きを書いているのだが、ブラヴァツキー夫人の引用に出てくるバトラーロフ Butlerof を検索しても一向に出てこないので、諦めかけたところ、Butlerov とも書くのだとわかり、解決。Александр Михайлович Бутлеров という帝政ロシアの科学者なのだった。「ロシア化学の父」とロシアでは評価されているとか。

ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(神智学協会 ニッポンロッジ、1981)によると、夫人はこの科学者の文章を代表作『シークレット・ドクトリン』に引用しており、加えて、現代の素粒子物理の最前線どころか、その遙か先のことまで見通しているような凄いことを書いている。

ブラヴァツキー夫人の亡くなったのが和暦でいえば明治24年で、生まれたのは江戸時代であったことを思えば、著作の内容の新しさに驚かされる。

だが、当時の人々はそのようなことには関心がなかったと伝記にはある。今も同じだ……。

ブラヴァツキー夫人の著作の内容は、彼女を誹謗中傷するような人々がでっち上げるような、いい加減なものでも、ちゃちなものでもない。でなければ、アインシュタインが『シークレット・ドクトリン』を座右の書にするはずがない。

わたしは科学のことはあまりわからないが、クォークの話題が持ち上がっていたとき(62歳のわたしもまだ23歳)、「ブラヴァツキー夫人はこれを遙かに凌駕することをいっている……」と胸が熱くなった。南部陽一郎氏のクォークの本も買った。

当時、大学卒業間近に母が倒れ、生死の境をさまよう事態となり(このときの出来事がわたしの神秘主義者としての原点だ。そのときのことを書いた、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」収録のエッセー 34「枕許からのレポート」を参照)、決まっていた博多での就職を諦め、決まっていたアパートは契約がまだだったのか解約したのだったか、病院で寝泊まりしたひと月……その後母が回復して退院してくれたのは喜びだったが、自分の将来を思うと暗澹とし……そんなときに読んだブラヴァツキー夫人の伝記とクォークの本だった。

実家に遊びに来てくれた1学年下の薬学部に通っていた女友達に、クォークの本を読んだ感想を熱く語ったのを覚えている。科学音痴のわたしの口吻に、女友達は半信半疑の微苦笑した表情で、でも面白そうに聞いてくれた。

「枕許からのレポート」に友人に宛てた手紙が出てくるが、この女友達も薬学部で、当時3学年下だった。どちらとも寮生活で知り合ったのだ。わたしは法学部だった。片時も目の離せない母の付き添いで卒業証書も取りに行けず、彼女が持ってきてくれたっけ。

ブラヴァツキー夫人の伝記にあった引用をふと思い出し、引用元は『シークレット・ドクトリン』と書かれていたので、昨日1日かけて探していた。

3回斜め読みしたH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)には該当する文章がなく、まだ邦訳されていない下巻にあると思われた。上巻には、伝記に引用された文章と関連する重要な文章が数カ所あるのだが……

原書から探さなければならないと思うと、英語が苦手のわたしは気が遠くなりそうだった。章のタイトルや索引を頼りに探したものの、老眼に応えるわ、時間はなくなるわで、お上げ状態。

神智学協会には、インドのチェンナイ市アディヤール(Adyar)に本部を置く神智学協会の他に、そこから独立したウィリアム・クァン・ジャッジ(神智学協会の3人の創立者の1人で最年少)がカリフォルニア州パサデナ(Pasadena)に設立した神智学協会がある。

そこのホームページのオンライン文献に『シークレット・ドクトリン』があったので、ありがたく読ませていただくことにし、Google先生の翻訳機能をぬくぬく使って読み探したら、伝記に引用された文章が見つかった。

この続きは、改めて別記事にする。

2021年3月1日月曜日

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ⑥大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年8月28日 (金)
大田俊寛『オウム真理教の精神史』から抜け落ちている日本人の宗教観
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-54f9d7.html

このところ記事にしてきた大田俊寛氏には『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)の他に、その2年前に上梓された『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011)という著作がある。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の感想の続きと一緒にこの著作の感想を別記事にするつもりだが、大田氏はどう読んでも唯物論者で、日本人には思えない。

なぜなら、『オウム真理教の精神史 ロマン主義・全体主義・原理主義』で、まる一章使って――といっても25頁から48頁までのたったの23頁――「近代における『宗教』の位置」という章題で「宗教とは何か」を考察しているのだが、オウム真理教を近代の宗教の一つと位置づけ、考察はキリスト教を中心としたものとなっているからで、日本、中国、インドといったアジアの宗教の考察がすっぽり抜けているのだ。

所有の形態として「祖先崇拝」が手短に考察されてはいるが、ご先祖様に対する気持ちを「崇拝」といわれてしまうと、わたしなどは違和感がある。

次の章はなぜかロマン主義の考察で、ブラヴァツキー夫人はそこで登場する。ウィリアム・ジェイムズなども出てくる。

日本人の宗教観に関する考察が全くない不自然さ。理屈以前に、お正月には初詣に行き、お盆には故人を迎え、お彼岸にはお墓参りをするといった日本人らしい宗教的背景が――核家族化で薄れつつあるとはいえ――大田氏には存在したことがないかのようである。

麻原氏も、そうした日本人らしい背景が感じられない不自然さ、人工臭があった。

麻原氏は日本国家を転覆し、自らが「日本の王」となるつもりだったという。初代主権者は、「神聖法皇」と称する麻原尊師、天皇は廃位され、葛城等の氏を与えて民籍につかせるはずだった。

ヨガかと思えば、「オウム真理教」というのは仏教系で行くための「オウム神仙の会」からの改称だというし、お次は「王」だったり「法皇」だったりと、さっぱり訳がわからない。天皇に葛城等の氏? 日本人にこういう発想ができるだろうか、とわたしは思ってしまうのだ。

折しも、ノート ① で採り上げたように、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあると発覚した。

舞台に登場するのは全部あちらの人達ではないかと疑ってしまう。

大田氏は『オウム真理教の精神史 ――ロマン主義・全体主義・原理主義』で、次のように書いている。

宗教とは何か、という問いに改めて回答しておくと、私はそれを「虚構の人格」を中心として社会を組織すること、そしてそれによって生死を超えた人間同士の「つながり」を確保することである、と考える。(大田,2013,p.32)
『十字架の聖ヨハネ研究』という優れた研究書を著された鶴岡賀雄氏の弟子とも思えない、一面的捉えかただ。

ここ数日、図書館から借りた鶴岡賀雄著『十字架の聖ヨハネ研究』(創文社、2000)に読み耽っていた。十字架の聖ヨハネがどのような生涯を送ったのか、知りたいと思いながらずっとわからなかった。それがわかった。十字架の聖ヨハネという、16世紀スペインのキリスト教世界を代表する神秘家であり、詩人であった人物の内面が綿密に掘り下げられている。

オウム真理教がなぜ宗教団体と見なされたのか、不思議である。前掲の大田氏のような宗教の定義からすれば、宗教団体ということになるのかもしれないが、わたしには単なる宗教的コスプレ、宗教ごっこにしか見えない。麻原氏のそうした見かけと日本を転覆したいという思いが、ある勢力からとことん利用されたということだろう。

宗教といいながら、物事の始めから麻原氏は徹頭徹尾、物質主義者である。真の神秘主義が中心に存在しない組織は、なんちゃって宗教組織、偽装宗教組織にすぎない。麻原氏の正体がわかっていたからこそ、その勢力は利用したのである。純粋な宗教団体であれば、手つかずだっただろう。
麻原彰晃氏の処女作『超能力「秘密の開発法」―すべてが思いのままになる!』(大和出版 、1986)が上梓された年、ヨガ道場「オウムの会」は宗教団体「オウム神仙の会」と改称された。

1986年(昭和61年)4月、税制上の優遇に目をつけて、ヨガ道場「オウムの会」を宗教団体「オウム神仙の会」と改称。同年7月、ヒマラヤで最終解脱と称す。すでに「武力と超能力を使って国家を転覆することも計画している。その時は、フリーメイソンと戦うことになるだろう」などと語っていたという。


「麻原彰晃」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月22日 14:16 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org
オウム真理教になる前から、物欲がぷんぷん臭う。彼にとって宗教的修行は超能力や悟りを得るためのツールにすぎなかったようだ。神聖なものへの憧れなど微塵も感じられない。唯物主義者が神秘主義に近づくと痛い目を見るという好例である。

次に引用するのは、十字架のヨハネの有名な神秘詩の一節。この詩がどのような状況で書かれたのかが鶴岡氏の著作を読んでわかった。
この幸いな夜に
誰にも見られず 何も見ないで
ひそかに(私は出て行った)
心に燃え立つ それの他に
光も導きもなしに。


(西宮カルメル会修道院訳注『十字架の聖ヨハネ詩集』ドン・ボスコ社、1982、p.29)

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ⑤ T・O氏はオウム真理教の御用作家なのか?

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年8月20日 (木)
大田俊寛氏はオウム真理教の御用作家なのか?
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-9fcec2.html

大田俊寛『現代オカルトの根源――霊性進化論』(筑摩書房、2013)は、13日の記事に書いたように、タイトルからしてわたしには意味不明である。霊性進化論なんて、意味がわからない。霊性が進化する?

大田氏は言葉の定義もせずに、話を進めていく。ブラヴァツキー夫人の細心の注意が払われた膨大な数の言葉の定義を見よ。これができて初めて、あれほどの引用、照らし合わせができるのだ。でなければ、ブラヴァツキー夫人の代表作『The Secret Doctrine: The Synthesis of Science, Religion and Philosophy』は単なる断片集になってしまったことだろう。

ブラヴァツキー夫人について書かれた章の内容の貧弱さからすれば、おそらく大田氏の頭の中には曖昧模糊とした霊肉二元論が存在しているだけである。極めて短絡的な思考回路が、大田氏は麻原氏と似ているように思える。

その短絡的な思考回路から出てきた大田氏的「霊」「霊性」という単語であり、「霊性進化論」という造語であるのだが、彼はそこから勝手に妄想を膨らませて、ブラヴァツキー夫人が「進化論と心霊主義の構想を巧みに融合させた」などと、嘘八百書いている。

そもそもブラヴァツキー夫人が「霊」をどのような意味で使ったのか、大田氏は全くわかっていない。

『現代オカルトの根源――霊性進化論』の主要参考資料一覧に挙げられているブラヴァツキー夫人の著作は、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)と、『シークレット・ドクトリン』原書の第2巻 Anthropogenesis(人類発生論) の2冊だけである。

わたしが持っているジルコフ編『シークレット・ドクトリン 第 1 巻』本文の最初に「霊」という言葉が出てくる文章を探してみた。

Spirit is the first differentiation from THAT,the causeless cause of both Spirit and Matter.

Helena Petrovna Blavatsky. The Secret Doctrine: Collected Writings 1888 : Cosmogenesis. Boris De Zirkoff , ed. Quest Books, 1993, p.35

この文章を含む、壮麗な本文最初の段落を、田中恵美子氏、ジェフ・クラーク氏の名訳で紹介したい。それで、興味が湧いたかたはブラヴァツキー夫人と大田氏の著作を読み比べていただきたい。そうすれば、ブラヴァツキー夫人の著作が別格であることがわかるだろう。

       スタンザ 1

      宇 宙 の 夜

1. 永遠の親(空間)は常に目に見えぬ彼女の衣に包まれ、七つの永遠の間、再び深い眠りにおちていた。

“親空間”は永遠で常に存在し、あらゆるものの原因である。つまり、理解できない神性であり、その“目に見えない衣”はあらゆる物質の根であり宇宙の神秘的な根でもある。空間とは私達には最も容易に想像できる永遠なものであって、それは抽象的なものとして不動であり、客観的宇宙が空間の中にあってもなくても、左右されることのないものである。空間はあらゆる意味で次元がなく、自存するものである。霊は、霊と物質両方の原因なき原因であるそれから最初に分化したものである。秘教問答に教えられているように、空間とは無限の空虚でもないし、条件づきの充満でもなく、その両方である。空間は存在して来たし、これからもいつもあるであろう。

H・P・ブラヴァツキー. シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上). 田中恵美子, ジェフ・クラーク訳. 神智学協会ニッポン・ロッジ, 1989, p.239.

第3巻 Index で、英語で「霊」に当たる Spirit を見ると、様々な使いかたがされているようでありながら厳然とした意味があるようで、神智学のイロハもわかっていなかったころのわたしは Soul との区別もつかず、混乱した。

しかし、ありがたいことに、神智学の入門書といってよいH・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)の用語解説に日本ロッジの挿入文があり、ブラヴァツキーの著作では Spirit がどのような意味で使われるかの解説がある。異なる六つの意味が挙げられていて、各々わかりやすい解説が施されている。

東大の博士課程を終了して埼玉大学非常勤講師を勤める人物のものとは思えない雑な内容の大田氏の著作は、インビュー記事も同じことなので、彼の短絡思考がわかりやすいインタビュー記事を引用する。

ブラヴァツキーは、人類の中には「神人」に進化しうる種子が含まれている一方、霊性の次元から目を背けて「動物化」する人間もいる、という二元論を立てたのですね。私はこうした考え方を「霊性進化論」と呼んでいます。

本多カツヒロ(フリーライター). “なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?: 『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く”. 東洋経済オンライン. 2013-08-23. https://toyokeizai.net/articles/-/18156, (参照 2020-08-19).
大田氏自身が「私はこうした考え方を『霊性進化論』と呼んでいます」と述べていることからもわかるが、前述したように「霊性進化論」というのは大田氏の造語である。この進化街道を驀進する霊性の「霊」とは、どのような意味の「霊」なのか。その「霊」の性質ばかりがひたすら進化するということなのか?

「霊」の定義すらせずに、漠然とした意味の「霊」を、単純な唯物論者ダーウィンの進化論にくっつけている。「こうした考え方」もブラヴァツキー夫人のものではなく、大田氏の自説であるにすぎない。

ブラヴァツキー夫人は、『神智学の鍵』(田中恵美子訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、1995)で次のように述べている。

神智学の教えは霊と物質の同一性を主張し、霊は潜在的な物質であり、物質は結晶した霊にすぎないと言います。例えば、氷は固体化した水蒸気であるようにです。しかし、万物の大本で永遠の状態は霊ではなく、いわば超霊(目に見える形体のある物質はその周期的な現れにしかすぎない)なので、私達は霊という言葉は「まことの個性」に適用することができるだけだと主張します。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,p.42)
ブラヴァツキー夫人のこの説は一元論だろうか、二元論だろうか。論点によって、それは変わってくる。一元論か二元論かといった、哲学におけるこのような解釈手段自体がもはや古いといえる。

前掲引用に出てくる神智学用語としての「個性(Individuality)」の意味を知るには、まず「人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも『七本質』という七つの要素からなっている」(H・P・ブラヴァツキー. 実践的オカルティズム. 田中恵美子, ジェフ・クラーク訳. 神智学協会ニッポン・ロッジ , 1995, 用語解説「本質(Principle)」p.23.)ことを理解しなければならない。

ブラヴァツキー夫人の説が如何に複雑であるかは、引用した文章からも、その一端が窺えよう。しかしながら、哲学はこのように複雑であるのが普通だから、大田氏が披露する二元論は幼稚すぎて衝撃的であった。

神獣二元論ともいうべき珍説と共に考え出され、名付けられた「霊性進化論」は、大田氏によって考え出された――おそらく、麻原氏の思想に合わせて考え出されたのだろうが――説であることを押さえておきたい。

大田氏へのインタビュー記事から引用を続ける。
麻原の世界観では、人類全体が2つの種類に大別されていました。ひとつは、自らの霊性のレベルを高め、超人類や神仙民族と呼ばれる存在に進化する「神的人間」であり、もうひとつが、物質的欲望におぼれ動物化していく「動物的人間」です。麻原の見解によれば、現在の世界は「動物的人間」がマジョリティを占めており、他方、「神的人間」はマイノリティとして虐げられている。この構図を転覆しようというのが、「種の入れ替え」という言葉が意味していたものです。

オウムは、数々の修行やイニシエーションによって、「神的人間」を創出・育成しようとした。その一方で、人類の霊性進化の妨げとなる「動物的人間」を粛清しようと、70トンという膨大な量のサリン生産計画に着手したわけです。現在の日本をサリンで壊滅させた後、「シャンバラ」や「真理国」と呼ばれるユートピア国家を樹立しようというのが、オウムの最終目的でした。このように、オウムの世界観においても、「神への進化」と「動物への退化」という霊性進化論的な二元論が、極めて根幹的な役割を果たしていたのです。


本多カツヒロ(フリーライター). “なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?: 『現代オカルトの根源』の著者、大田俊寛氏に聞く”. 東洋経済オンライン. 2013-08-23. https://toyokeizai.net/articles/-/18156, (参照2020-08-19).
『現代オカルトの根源――霊性進化論』で、ブラヴァツキー夫人の著作内容の複雑で重厚な内容を、似ても似つかない間違いだらけの短い要約で済ませてしまって平気な大田氏とは、一体何者なのか?

大田氏の国語力に問題があることは間違いないが、果たしてそれだけの問題なのか?

前にも同じことを書いたような気がして探すと、果たして、そのとき、わたしは大田氏の著作はあまり読んでいなかったはずだが、「オウム真理教事件の犯人は『思想』だった」という記事を、ウィキペディア記述のソースを探して読んだらしい。

※この記事は正しくは、「オウム真理教事件の真の犯人は『思想』だった」というタイトルのエッセー。
大田俊寛. “オウム真理教事件の真の犯人は「思想」だった”. シノドス. 2014-05-15. http://synodos.jp/society/8575, (参照 2020-08-20).
わたしははてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の中のエッセー 26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」で次のように書いている。
孫引きで構成されたいい加減な記事しか書けない癖に、なぜかある程度の知名度があって、自身の主張を広く世間に発信する力を持っている――このような人物こそが思想的な混乱を招く大きな一因となっているとわたしは思うのだが、そんなことは夢にも思わないのだろうか。
わたしは、オウム真理教事件の真の犯人は「国語力の不足」だったと考えている。だから、閲覧者が少ないにも拘わらず、拙ブログ『マダムNの覚書』で文学について、読書について書いてきた。
……(略)……
オウム真理教が反日テロ組織であったことは明白で、中共のような思想弾圧している一党独裁国家ではない、憲法第20条で信教の自由を規定した日本国において彼らは反日テロを起こすという重大な思想的問題を孕んでいたわけだが、そのことを問題視しないのはどういうわけだろうか。
大田氏がわたしの目にオウム真理教(及びその分派団体)の御用作家と映るのは、彼が麻原氏の思想を自説で補填しているからである。

その補填のための自説を以ても庇いきれない異常性が麻原氏の思想には存在するためか、ブラヴァツキー夫人の名を借りて神智学に麻原氏の一切の罪を負わせようとした。何て卑劣な行為であることか。

わたしはノート ① で、文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXがオウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあるというニュース記事を紹介した。

このようなニュース記事を読むと、大田俊寛氏が純粋に学者としてオウム真理教に関する研究を行ってきたのか、疑わしくなってくる。

大田氏は吉永進一氏同様、オウム真理教の反日性には目もくれず、ブラヴァツキー夫人を煙幕のように悪用して「霊性進化論」という自説に拘泥し、オウム真理教に寄り添う。

北朝鮮のスパイがオウム事件に関与し、国家転覆を図ったことがあるというのであれば、オウム真理教には強い反日性があり、それこそがオウム真理教に内在する第一義的な「思想」であったはずである。つまりオウム真理教事件の真の犯人は反日思想だったということである。

オウム真理教の継続団体「ひかりの輪」ホームページ、広報部のお知らせに「宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果(2018年04月18日)」という記事がある。

両氏の略歴と論文が紹介されている記事で、大田氏については次のように紹介されている。
新進気鋭の宗教学者であり、近年出色のオウム真理教研究とされる「オウム真理教の精神史」の著者。ひかりの輪に関しても、その教材・資料のほとんどを精査するなど、その広範な調査・研究は他の追随を許さない。東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。グノーシス主義の研究でも著名。

大田博士は、2014年、ひかりの輪の外部監査委員会(当時の委員長は河野義行氏・元長野公安委員・松本サリン事件被害者遺族)の要請を受けて、それまでの深く広範な調査・研究に基づいて、団体の思想・活動に観察処分に値するような危険性があるか否かに関して、意見を同委員会に提出されました。

……(略)……

結論として、ひかりの輪は、オウム真理教の教義・活動の中で事件の原因となった危険な要素に対して十分な対処しており、その意味で危険な団体ではないとして、公安調査庁の見解を否定しました。また、2017年にも再び、同じ趣旨の意見を発表されています。

広報部のお知らせ. “宗教学者2名(鎌田東二氏・大田俊寛氏)の方がひかりの輪の健全性を認める報告:長年の広範な調査研究の結果”. ひかりの輪. 2018-04-18. http://www.joyu.jp/hikarinowa/news/00news/1348_1.html, (参照 2020-08-19).
続いて、ひかりの輪に関する意見書(2014年11月)、ひかりの輪に関する意見書追加版(2017年11月)、雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモ(2018年3月20日発表)へのリンクがある。

雑誌「宗教問題」の座談会(2017年10月)での発言メモには、前掲インタビュー記事「なぜ人間はオカルトにハマってしまうのか?」へのリンクもある。

大田氏は次の記述からもわかるように、彼自身はおそらくマルクス的唯物論者で、神秘主義に対しては上から目線である。
私自身は、「ひかりの輪」が主張するように、すべての人間のなかに「神聖な意識」が存在するとは思わないし(少なくとも私のなかには、そのような意識は存在しない)、また、現実においても理念においても、「万人・万物が繋がって一体である」とも考えない。

大田俊寛. “「ひかりの輪」の宗教的活動に関する私見”. ひかりの輪. 2014-11-17. https://goo.gl/yyhFU2, (参照 2020-08-21).
それでいながら、オウム真理教とその後継団体に大田氏は寄り添う。ブラヴァツキー夫人の思想を麻原氏の思想に合わせて捏造するほどの献身ぶりなのである。

マルクス的唯物論者がなぜグノーシス主義を研究しようと思ったのか、わたしには不可解である。マルクス的唯物論者には最も縁遠い研究分野といってよいからだ(マルクス的唯物論者のこの手の論文は読めたものではない)。オウム真理教研究者としての箔を付けるためだとしか思えない。

大田氏は同文書において、次のようなことも記述している。
日本社会では現在、オウム真理教は実は、ロシアや北朝鮮の傀儡として作られた教団であり、地下鉄サリン事件は、これらの国家が目論んだ「間接的侵略」であった、とする陰謀論がまことしやかに流布されている。しかしながら、オウム真理教の思想や世界観を鑑みれば、同教団がロシアや北朝鮮の傀儡として行動するということはまったく考えられず、また、こうした憶測の裏づけとなる証拠は何一つ存在していない。

大田俊寛. “「ひかりの輪」の宗教的活動に関する私見”. ひかりの輪. 2014-11-17. https://goo.gl/yyhFU2, (参照 2020-08-21).
オウム真理教事件がロシアや北朝鮮の傀儡とは無関係だと強弁する姿勢は、およそ客観的とはいえない。彼の専門外の事柄だからである。そして、北朝鮮のスパイがオウム真理教事件に関わっていたことが発覚した今、この強弁には疑わしさが漂う。

2020年3月12日付「日本経済新聞」電子版のニュース記事は、観察処分の取り消しを求めた「ひかりの輪」の敗訴が最高裁で確定したと報じている。
オウム真理教の後継団体「アレフ」から分派した「ひかりの輪」が、団体規制法に基づく観察処分の取り消しを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(林景一裁判長)は12日までに、ひかりの輪の上告を退ける決定をした。10日付。観察処分を取り消した一審判決を取り消し、請求を棄却した二審・東京高裁判決が確定した。(略)二審判決は「ひかりの輪はオウム真理教の修行体系の最も基礎的、本質的な部分を継承している」などと指摘。15年の処分更新の時点でも、松本智津夫元死刑囚(麻原彰晃、執行時63)がひかりの輪の活動に影響力を有していたとし、更新は適法だったと結論づけた。

“観察処分巡り「ひかりの輪」の敗訴確定 最高裁”. 「日本経済新聞」電子版. 2020-03-12. https://www.nikkei.com/article/DGXMZO56694320S0A310C2CE0000/, (参照 2020-08-19).

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ④レイチェル・ストーム『ニューエイジの歴史と現在』で紹介された、ブラヴァツキー夫人に対する非難の無邪気すぎる内容

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年8月 8日 (土)
レイチェル・ストーム『ニューエイジの歴史と現在』で紹介された、ブラヴァツキー夫人に対する非難の無邪気すぎる内容
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-4d7bf9.html

わたしは前記事で、ストームがブラヴァツキー夫人の代表作の一つ『神智学の鍵』を読まなかったことによって、「霊的な存在である大師方」を捏造したことを明らかにした。

ストームとは対照的に、ブラヴァツキー夫人は引用を厳密に行ったと書いたわけだが、ストームはブラヴァツキー夫人の引用について、世評から、次のような非難を紹介している。

すでに1890年代には、『ヴェールを脱いだイシス』には二千カ所に及ぶ引用があり、また『シークレット・ドクトリン』も全編が権威ある多数の書物からの引用で埋め尽くされている、という非難がなされた。(ストーム,高橋&小杉訳,1993,p.21)
ブラヴァツキー夫人は、『シークレット・ドクトリン』の「はしがき」で、執筆の意図を次のように明確に述べている。
これらの真理は断じて、啓示としてもたらされたものではないし、筆者は、世界の歴史の中で今はじめて公にされた神秘的伝承の啓示者であると主張もしない。この著作の中にあるものは、アジアの偉大な宗教や太古のヨーロッパの宗教の聖典に表されているが、象形文字や象徴のヴェールにかくされて、これまでに気づかれないままに散在していた何千巻にも及ぶものから得ている。今しようとしていることは、最古の教義を集めて、一つの調和のとれた一貫した全体としてまとめることである。筆者が先輩達よりも有利な唯一の点は、個人的な推論や学説を立てる必要がないということである。というのは、この著作は著者自身がもっと進んだ学徒に教えられたことの一部であって、筆者自身の研究と観察による追加はごく僅かだからである。
(H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』神智学協会ニッポン・ロッジ,1989,はしがきp.138)
『シークレット・ドクトリン』は、いわば最古の教義に基づいて編纂された、「科学・宗教・哲学の総合」事典なのだから、引用が多いのは当然だろう。

引用の正確を期するために、「多数の権威ある書物から引用」されたのだ。

また、ブラヴァツキー夫人は、この事典を、「一つの調和のとれた一貫した全体としてまとめる」工夫を凝らした。

どのようにまとめられたかは、著作を読まなければわからない。誹謗中傷する人々は難解な『シークレット・ドクトリン』が読めないのか、引用が多いという無邪気な発見と、意味をなさない非難で止まっている。

彼らがブラヴァツキー夫人の「はしがき」さえろくに読まず、執筆の意図さえわかっていなかったことが、以上の事柄からも明白である。

学者が行うべきことは、『シークレット・ドクトリン』が一つの調和のとれた一貫した全体としてまとまっているかどうかの検証、評価ではないだろうか。

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ③国際的な医学雑誌「ランセット」からの引用が、1889年出版のブラヴァツキー著『神智学の鍵』に登場していた!

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年8月 7日 (金)
国際的な医学雑誌「ランセット」からの引用が、1889年出版のブラヴァツキー著『神智学の鍵』に登場していた!
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-232b98.html

国際的な医学雑誌「ランセット」からの引用が、1889年出版のH・P・ブラヴァツキー著『神智学の鍵』に出てくる。

ブラヴァツキー夫人は1831年8月12日に生まれ、1891年5月8日に亡くなった。

わたしは「ランセット」について、以下の過去記事で触れている。

2020年2月 3日 (月)
朗報、新型肺炎はエイズ・インフル薬で治癒するらしい
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/02/post-50aa75.html

大紀元によると、中国当局の「武漢の海鮮市場が発生源」「死亡した2019-nCoV罹患者はすべて高齢者、疾患を患う人」という発表とは矛盾する内容が「ランセット」掲載の論文には書かれている。
レイチェル・ストーム(高橋巌&小杉英了訳)『ニューエイジの歴史と現在――地上の楽園を求めて』(角川書店、1993)がブラヴァツキー夫人をニューエイジの母と大々的にプロパガンダしておきながら、著者が夫人の代表作さえ読んでいないことは内容と参考文献(原著による文献リスト)から明らかだった。

ストームの著作に『シークレット・ドクトリン』と『ヴェールを脱いだイシス』は「その主要の部分は『高位の導師』、特にチベットに本拠を置く霊的存在であり、叡智の導師であるクート・フーミー大師とモリヤ大師から口述されたものだという」(ストーム,高橋&小杉訳,1993,p.21)と出鱈目が書かれていたので、大師方が「霊的存在」でなかったことを確認しようとして、わたしは『神智学の鍵』を開いたのだった。

すると、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)の「第14章 神智学のマハートマ達  マハートマ達は『光の霊達』か、または『悪魔達』か?」に、「ランセット」という雑誌名が出てきた(※太字N)。
マハートマ方は私達が生まれるように生まれ、また他のすべての人間のように死ぬ運命にある、生きている方々です。……(略)……私達が人の噂を否定すればするほど、人々を正そうとすればするほど、ばかばかしい話が考え出されるようになります。『創世記』のメトセラは969歳まで生きたと私は聞きましたが、それを信じず笑いましたので、私はすぐに多くの人達に不敬な異端者といわれました。……(略)……約190歳のメキシコ人のことを『ランセット』という医学誌で読んだことを覚えています。しかし、凡人であれアデプトであれ、メトセラの年齢の半分も生きた人間のことは聞いたことがありません。あるアデプトは私達の言う普通の年齢よりずっと長生きされますが、それには奇跡的なことは何もありません。長生きをしようと思うアデプトはほとんどおられません。(ブラヴァツキー,田中訳,1995,pp.276-277)
ブラヴァツキー夫人の代表作の一つ『神智学の鍵』を度々読み返していても、「ランセット」が何であるか知らなかったので、当時イギリスで読まれた医学雑誌なのだろうと漠然と思っていた。

改めて、『神智学の鍵』で「ランセット」が出てくる箇所を読んだわたしは、「ランセットといえば、新型コロナウィルス関連で目にした医学雑誌ではないか」と驚き、いや、そんな昔から「ランセット」があったのだろうかと疑問に思ってウィキペディア「ランセット」を見た。
『ランセット』(英語: The Lancet)は、週刊で刊行される査読制の医学雑誌である。同誌は世界で最もよく知られ、最も評価の高い世界五大医学雑誌の一つであり、編集室をロンドンとニューヨーク市に持つ。……(略)……

歴史
『ランセット』は、1823年にイギリスの外科医トーマス・ウェイクリー(英語版)によって創刊された。誌名をつけたのは彼で、手術用メスの一種であるランセット、および、光を取り入れるを含意するランセット窓(英語版)にちなんだものである。


「ランセット」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年4月13日 13:06 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

説明 ランセットの 創刊の表紙。
日付 1823
ソース 会社概要-ランセットグローバルヘルスネットワーク
著者 ランセット
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

 
何と、医学雑誌「ランセット」はブラヴァツキー夫人が生まれる前からあったのだ。

ブラヴァツキー夫人の引用には、それがどこからの引用なのか、きちんと書かれている。編集者や協力者たちの骨折りもあっただろう。現代日本で流行っているような「オマージュ」という名で剽窃を誤魔化すやり口などは、ブラヴァツキー夫人には縁遠いのである。

ブラヴァツキー夫人の代表作も読まずに、夫人のことを霊媒と呼びたがる人は多い。それがまるで知能が足りない人の代名詞であるかのように。ペテン師と呼ぶのも好きだ。誹謗中傷する人々は、ブラヴァツキー夫人の爪の垢を煎じて飲んでいただきたい。

夫人がどれほど厳密で、また努力家であったかが彼女の著作の端々に表れているというのに、そのことを知ろうともせずに夫人を貶めながら飯の種にする恥知らずな人々は夫人の存命中からいた。そんな人々がいなければ、夫人はもっと長生きして、未完の著作も完成できたかもしれない。

2021年2月28日日曜日

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ②大田俊寛『現代オカルトの根源』、レイチェル・ストーム『 ニューエイジの歴史と現在 』を読書中。

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。

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2020年8月 5日 (水)
大田俊寛『現代オカルトの根源』、レイチェル・ストーム『ニューエイジの歴史と現在 』を読書中。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/08/post-f6fae9.html

ブラヴァツキー夫人がまるでオウム真理教事件に責任があるかのごとく、因縁を付けてくる学者には、吉永進一氏、杉本良男氏の他にも数人いるが、その中の一人に大田俊寛という人物がいる。

大田 俊寛(おおた としひろ、1974年 - )は、日本の宗教学者。現在は埼玉大学非常勤講師。専門は宗教学。博士(文学)。

略歴
一橋大学社会学部を卒業後、東京大学大学院人文社会系研究科基礎文化研究専攻宗教学宗教史学専門分野博士課程を修了。鶴岡賀雄に師事。 宗教分野の中でも、グノーシス主義やオウム真理教を主な批判対象としており、2007年に論文「グノーシス模倣の神話学」により、東京大学博士(文学)の学位を取得。

著書
『グノーシス主義の思想 : 〈父〉というフィクション』(春秋社、2009年)
『オウム真理教の精神史 : ロマン主義・全体主義・原理主義』(春秋社、2011年)
『現代オカルトの根源 : 霊性進化論の光と闇』(筑摩書房(ちくま新書))、2013年)
『宗教学 : ブックガイドシリーズ 基本の30冊』(人文書院、2015年)


「大田俊寛」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年8月3日 01:44 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org
大田氏が師事した鶴岡賀雄氏は、ウィキペディア「鶴岡賀雄」によると、キリスト教神秘主義研究者で、十字架の聖ヨハネの研究、神秘主義概念史研究の第一人者であるという。
鶴岡 賀雄(つるおか よしお、1952年8月23日 - )は、日本の宗教学者、キリスト教神秘主義研究者。東京大学名誉教授。

西欧近代(特にスペインとフランス)の神秘思想、神秘主義概念の形成と展開、現代宗教思想など幅広い研究領域を持つ。とりわけ十字架のヨハネの研究、神秘主義概念史研究については、日本における第一人者とされる。教え子に佐々木中、大田俊寛らがいる。


「鶴岡賀雄」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年12月2日 12:50 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org
十字架の聖ヨハネといえば、わたしは『十字架の聖ヨハネ詩集』『カルメル山登攀』を愛読していた。詩集のほうは今も時々手にする。

キリスト教神秘主義の専門家の弟子が大田氏というのはどういうことだろう、と思ってしまう。

ウィキペディアによると、大田氏はグノーシス主義やオウム真理教を批判対象としているそうである。

グノーシスには、わたしは興味津々である。中には好きになれない内容のグノーシス文書もあるが、心を打たれるものが沢山あるのだ。

ハンナ・ヨナス(秋山さと子&入江良平 訳)『グノーシスの宗教』(人文書院、1986)で採り上げられた新約外典『使徒トマスの行伝』の中の「真珠の歌」は、一読すれば、忘れられないほどの美しさだ。まさに真珠のような作品である。

マグダラのマリアについて調べ始めてからは、ますますグノーシス文書が身近なものとなった。

そのような興味も手伝って、それで学位を取得したという「グノーシス模倣の神話学」を読んだ。とわたしは思ったのだが、オンライン論文ではタイトルが「グノーシス模倣の神話論理」となっている。短いオンライン上のこれは、論文の一部分なのかもしれない。

というのも、まだこれからこの論文は展開するはずだと思えるからである。

以下のリンク先から論文ファイルを開くことができる。

グノーシス主義と模倣の神話論理(大田俊寛)
http://doi.org/10.15083/00030573
古代エジプト・ギリシアの思想が東方の思想と混じり合う中で形成されていったグノーシス主義。

キリスト教グノーシス派もいただろうから、キリスト教神秘主義の研究を専門とする教授の下でグノーシスを研究してもおかしい話ではないが、短いオンライン上の大田氏の論文(の一部)を読んでも、キリスト教神秘主義を専門とする教授の下で学んだ痕跡などは何も感じられない(これについては後日、鶴岡賀雄氏の著作を読んで確認したい)。

「『トマスによる福音書』についての覚書」もオンラインで読める。

『トマスによる福音書』についての覚書(大田俊寛)
http://gnosticthinking.nobody.jp/thomas.pdf
大田氏にとって問題なのは、『トマスによる福音書』を荒井氏が「グノーシス主義であるということを、やや一義的に決めつけすぎているという点」らしい。わたしにはトマス福音書がグノーシス文書以外にはとても思えなかったので、大田氏のような問題点は考えつきもしなかった。

「私にはトマ福のなかには、疑う余地なくグノーシス主義的であると断言できるような語録は一つも収められていないと思われる。トマ福に収録された断片的で謎めいた言葉の数々から、著者の思想や世界観の全体像を想定するのは、実はきわめて困難なのである」と大田氏は主張する。

まさにその「断片的で謎めいた言葉の数々」が存在するからこそ、わたしはトマス福音書がグノーシス文書であることを疑わなかったのだが……。何よりも訴えかけてくるのは、グノーシス文書特有の雰囲気である。

覚書の後半では、佐藤研『禅キリスト教の誕生』に批判の矛先が向けられている。ここで、大田氏は、トマス福音書の語録 77 の内容が「ヨハネ福音書の観念に依拠したものであり、キリスト教正統派の見解と取っても、あるいはロゴス=キリスト論を積極的に取り込んだグノーシス主義の見解と取っても、それほど理解することが難しくない」と書いている。

「トマ福のなかには、疑う余地なくグノーシス主義的であると断言できるような語録は一つも収められていない」のではなかったのか?

グノーシス主義の見解と取ることもできるというのは、そう取らないこともできるということだから、グノーシス文書とは認めがたいということなのだろうか。そして、ヨハネ福音書がグノーシス的といわれていることにも反対の立場なのだろうか。

グノーシス主義の特徴は、反宇宙的二元論だけではない。語録 108 で語られているような思想は極めてグノーシス主義的であるはずである。語録 108 について、エレーヌ・ペイゲルスが(荒井献&湯本和子訳)『ナグ・ハマディ写本――初期キリスト教の正統と異端』(白水社、1996)で、グノーシスならではの特徴を感動的な表現で指摘している。
このような教え――神性と人間の同一性、迷妄と覚醒に対する関心、主としてではなく霊的導師としての創立者――には、西洋的というよりも、むしろ東洋的な響きがあるのではないだろうか。若干の学者たちが示唆しているように、名前を代えたならば、『トマス福音書』で生けるイエスに帰されている言葉は、「生ける仏陀」の言葉にふさわしいと言い得よう。ヒンズー教あるいは仏教の伝承が、グノーシス主義に影響を与え得たのであろうか。(ペイゲルス,1996,p.18)
同様のイエスの教えの仏教的色彩は、マリア福音書でより顕著である。このような点こそ、日本の学者に追究して貰いたいものだ。大田氏にそれを求めるのは無理のようだが。

以下の過去記事には、ブラヴァツキー夫人の著作からのグノーシスに関する引用があるので、当記事を改稿するときにまとめて紹介したい。

2016年2月10日 (水)
Notes:不思議な接着剤#90 キリスト教成立以前に東西に広く拡散していた仏教 
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/02/post-3f56.html

2016年2月28日 (日)
Notes:不思議な接着剤#91 釈迦牟尼仏の哲学を説いたイエス
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/02/t-1a90.html

2016年4月 6日 (水)
Notes:不思議な接着剤#93 カタリ派が『ヨハネ福音書』を偏愛した理由
https://elder.tea-nifty.com/blog/2016/04/notes92-4114.html
図書館から借りた大田氏の著作『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』(筑摩書房、2013)が出たとき、以下の 2 冊は出ていた。グノーシス主義の研究をしていながら、これらのブラヴァツキー夫人の著作に散りばめられたグノーシス主義に関する記述に一顧も与えないのは、どういうわけだろう。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)

H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)
なるほど、前掲書に参考資料として『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』は一応挙げられている。しかし、大田氏はろくに読んでいないはずだ。その前に挙げられたヘレナ・P・ブラヴァツキー(東條真人訳)『シークレット・ドクトリンを読む』(出帆新社、2001)をあんちょこにしたと思われる。そう邪推せずにいられないひどさだからだ。

第一、ブラヴァツキー夫人をオウム真理教事件の戦犯であるかの如く大きく扱っていながら、また、わが国の最高学府である東大で学びながら、ブラヴァツキー著作集全巻(http://www.blavatskyarchives.com/collectedwritings.htm )読むくらいのことができないのか?

読めないなら、なぜ、ブラヴァツキー夫人をネタに、飯の種に、するのか? ブラヴァツキー夫人の、翻訳家の、苦労がどれほどのものか、想像したことはないのか? ブラヴァツキー夫人の著作を必要としている人々がいるかもしれないとは、思ったことすらないのか?

オウム真理教に関しては、大田氏が寄り添っているように感じられるのとは、あまりに対照的である。オウム真理教とその後継組織の御用作家のようにさえ感じさせられる。

何にせよ、まともにブラヴァツキー夫人の著作を読んだとも理解できたとも思えないが、拙動画「ブラヴァツキー夫人がニューエイジの祖というのは本当だろうか?」で挙げた以下の本は、結構熱心に読んだのではないだろうか。似た文章があるから。しかし、『現代オカルトの根源――霊性進化論の光と闇』では、主要参考資料一覧には見当たらない。
ニューエイジの歴史と現在―地上の楽園を求めて (角川選書)
レイチェル ストーム (著), Rachel Storm (原著), 高橋 巌 (翻訳), 小杉 英了 (翻訳)
出版社: 角川書店 (1993/11)
著者レイチェル・ストームはフットワークが軽いようだが、落ちついて本を読むのは苦手のようだ。ブラヴァツキー夫人をニューエイジの母と大大的にプロパガンダしているわりには、大田氏同様、ブラヴァツキー夫人の著作をろくに読んでいない。そのことは内容からも参考文献からもわかる。

研究者としては三流としかいえない姿勢であるが、小林英了氏の訳者あとがきには共感した箇所があった(この部分だけ名著に思える)。長くなるが、引用しておく。
……実際、ニューエイジャーたちの世界は密林である。そこには毒を含んだ造花があり、底無し沼があり、吸血鬼がおり、ミイラになってしまったミイラとりの墓標が乱立している。しかし、無数のこけ脅しや見かけ倒しの中にあって、時代の困難な課題を誠実に担い、無理解と裏切りに満身創痍となりながらも、新しい時代を求めて闘った個性はいたのである。ブラヴァツキーは詐欺師扱いされながらもイギリスの植民地支配下にあったインドの精神文化復興のために尽くし、グルジェフは物質主義に押しつぶされていく西方の精神文化を無意識的な思考習慣から解き放とうとし、クリシュナムルティはカリスマ的神格に祭り上げられる瞬間に個的な求道の道に一人降り立ち、シュタイナーはナチズムからテロの標的にされつつも戦争を回避する自由な意志の力を訴え続けた。こうした人々は、悟りすましたコスモポリタンという抽象的な人間に成り下がることなく、内面に据えた闇を時代が与えた試練と受けとめ、この地上の現実世界と徹底的に格闘したのであった。
「自由と民主主義」陣営が地球規模の覇権を手にした八〇年代、人々の幸福に対する欲望はニューエイジにも浸入した。自由経済の原理と市民的権利意識が、悟りや目覚めといった精神領域にまで浸透したのだ。……(略)……人々の内面の空虚な闇でうごめいていたニューエイジは、ポスト・モダンという名の薄ら明かりの下に照らされ、近代的合理主義や物質主義を超えるものとしてもてはやされてはいるが、その内実は、神秘や不思議が無批判的かつ興味本位に崇められ、先住民族の文化までもがエコロジー・グッズとして商品化されているのである。私たちは、先達が血のにじむような思いで現実と格闘しながら形成した思想の成果を単に一つの情報として消費し、書棚の飾りにしたり、パソコンの画面に呼び出せる時代に生きている。
……
この本は1993年に出版された。訳者あとがきは、27 年も前に鳴らされた警鐘である。

ちなみに、鶴岡氏に師事した大田氏。他に佐々木中氏がいる。ググってみると、小説家デビューしているらしい。東浩紀氏と一緒に名前が出てくる。両者は対立しているようでもあるが、興味がないので、どうだっていい。東浩紀氏というと、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」を思い出す。
2019年8月 7日 (水)
あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その5。津田氏のゲンロン仲間、東浩紀氏は「文學界」(文藝春秋)新人賞の選考委員。
https://elder.tea-nifty.com/blog/2019/08/post-7a913c.html

2021年2月27日土曜日

ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつけるT・O氏 ①オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ

※ブラヴァツキー夫人に関する大田俊寛氏の論考に疑問を抱き、ココログブログ「マダムNの覚書」にノートしているところである。

いずれノートをまとめたエッセーにして、はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録する予定。 

関連記事は前掲はてなブログのエッセー26「ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキー夫人とオウムをくっつける人」である。 

作業をやりやすくするため、「マダムNの覚書」のノートを当ブログにピックアップしておく。 

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2020年7月30日 (木)
オウム真理教事件にも絡んでいた北朝鮮のスパイ
https://elder.tea-nifty.com/blog/2020/07/post-58a264.html

「教科書検定に北朝鮮の工作員が関与か 韓国で押収された『スパイリスト』に日本人の名」というタイトルのニュースに見過ごせないことが書いてあったので、引用しておきたい。

わたしは、次の記述に注目せざるをえなかった。

Xは日本に帰国後、別の工作員グループに所属し、活動しているとみられている。そのグループは、かつてはオウム事件などに関与し、日本転覆を図ったことがある。現在は沖縄の基地問題などに関わる一方、各省庁にネットワークを築くなどしている。今回の件は、文部科学省内のネットワークが動いたとみられており、Xはその実行者役だ。目的は日本の負の歴史、植民地や戦地での蛮行などを子供たちに刷り込むようなことを通じて反日思想へといざなおうとすること。Xがやっているのは、まさにそうした情報工作だと・・・・

アサ芸Biz. “教科書検定に関与!「文科省調査官」に“北朝鮮工作員”が紛れ込んでいた!”. @niftyニュース. 2020-07-26 18時00分. https://news.nifty.com/article/item/neta/12277-740333/, (参照 2021-02-27).
文部科学省の教科書調査官として歴史教科書の検定に関与していた北朝鮮のスパイXが、オウム事件にも関与し、日本転覆を図ったことがあるという記述である。

やはり、思った通りオウム真理教事件には北朝鮮が絡んでいたんだ――と思った。

この事件では、ヨガがスケープゴートとなった。この事件とヨガが短絡的に、強引に――意図的としか思えない執拗さで――結びつけられることに、わたしは当時から疑問を抱いていた。

ヨガをやっている人など、インドには昔からごまんといるだろうに、その人々が同時にテロリストであるなどとという話は聞いたことがない。

ヨガを恣意的に行う場合の危険姓はあると思うが、それはあくまでヨガの問題点であって、テロうんぬんとは全く別問題のはずなのだ。

ヨガを全面に出すことで、何かを隠蔽しようとしている勢力が――オウム真理教とは別のところ、あるいは重なるところに――存在しているのではないかと思わざるをえなかった。

ヨガの正道を教えた三浦関造や、科学・宗教・哲学の総合を試みた近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人まで槍玉に挙げられ、そこにオウム真理教事件がまるで関係があるかの如く関連づけられるという論文を読むと、怒り心頭に発する。

    40 ブラヴァツキー夫人の神智学を誹謗中傷する人々 ②三浦関造の雛たちに危いまなざしを向ける人
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/28/161348 

5年前に書いた、吉永進一氏の論文「近代日本における神智学思想の歴史」を読んだ感想であるが、この記事の中で、わたしは次のように書いた。

崩壊した天皇=メシア信仰の代替物」というのは吉永の勝手な意味づけではあるまいか。天皇をメシア信仰と位置づける日本人は珍しい。在日コリアンか帰化人、あるいは左派にはそうした解釈を時々見ることがあるが……。
……(略)…… ただ、前述したようにオウム真理教の問題はそれだけではない。中共のような思想弾圧している一党独裁国家ではない、憲法第 20 条で信教の自由を規定した日本国において彼らは反日テロを起こすという重大な思想的問題を孕んでいた。
自由主義・民主主義国家である日本で、日本人がテロを起こさなければならない理由はほとんどないと思われたので、今回、オウム真理教事件に関与した人物が反日国家のスパイだとわかり、納得した。

この人物がスカウトされた日本人なのか、在日コリアンなのかはわからないが、そのメンタリティは日本人ではない。そのような人物が大学の講師になったり、文科省の役人にまでなれる日本という国。ニュース記事に書かれているように、これは氷山の一角だろう。

北朝鮮はアメリカ合衆国政府によってテロ支援国家に指定されている。

公安調査庁の「注目される国際テロ組織の概要及び最近の動向」にはオウム真理教という組織名がある。

海外では、オウム真理教がカナダ、EU、アメリカ合衆国、ロシアにテロ組織と認定されている(「テロ組織と認定された組織の一覧」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2020年6月1日 08:35 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)。

2020年10月20日火曜日

エッセー「トルストイ『戦争と平和』に描かれた、フリーメーソンがイルミナティに侵食される過程」

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」 で連載していたエッセー「トルストイ『戦争と平和』に描かれた、フリーメーソンがイルミナティに侵食される過程」が完結した。

エッセー「トルストイ『戦争と平和』に描かれた、フリーメーソンがイルミナティに侵食される過程」 

  1. 映画にはない、主人公ピエールがフリーメーソンになる場面(80)
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/04/03/200934
  2. ロシア・フリーメーソンを描いたトルストイ(81)
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/04/05/151342
  3. 18世紀のロシア思想界を魅了したバラ十字思想(82)
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/05/05/221437
  4. フリーメーソンとなったピエールがイルミナティに染まる過程(83)
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/05/24/200700
  5. イルミナティ創立者ヴァイスハウプトのこけおどしの哲学講義(104)
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2020/10/11/220247
  6. テロ組織の原理原則となったイルミナティ思想が行き着く精神世界(105)
    https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2020/10/11/22092

2019年3月7日木曜日

「メアリー・ポピンズ」シリーズ中4冊、トラヴァース評伝、アジア英雄伝、森銑三著作集9、シモーヌ・ヴェーユ著作、末吉暁子著作2冊

3月5日~3月19日

トラヴァースが近代神智学の影響をどのように受けたか探るために


風にのってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)
P.L. トラヴァース  (著), メアリー・シェパード (イラスト), Pamela Lyndon Travers (原著), 林 容吉 (翻訳)
出版社: 岩波書店; 新版 (2000/7/18)

帰ってきたメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫 53)
P.L.トラヴァース  (著), メアリー・シェパード (イラスト), Pamela Lyndon Travers (原著), 林 容吉 (翻訳)
出版社: 岩波書店; 新版 (2001/6/18)

とびらをあけるメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)
P.L.トラヴァース  (著), メアリー・シェパード (イラスト), Pamela Lyndon Travers (原著), 林 容吉 (翻訳)
出版社: 岩波書店; 新版 (2002/11/19)

公園のメアリー・ポピンズ (岩波少年文庫)
P.L. トラヴァース  (著), メアリー・シェパード (イラスト), Pamela Lyndon Travers (原著), 林 容吉 (翻訳)
出版社: 岩波書店; 新版 (2003/9/17)


P.L.トラヴァース (現代英米児童文学評伝叢書)
森 恵子  (著)
出版社: KTC中央出版 (2006/4/5)

“汎アジア・ネットワーク”への近代神智学の影響を探るために


アジア英雄伝―日本人なら知っておきたい25人の志士たち
坪内 隆彦  (著)
出版社: 展転社 (2008/11)

Amazonレビューより引用: 
登場する人物は次のとおり――金玉均(朝鮮開化派)、康有為(日清連携派)、アンドレス・ボニファシオ(フィリピン独立運動先駆者)、アナガーリカ・ダルマパーラ(スリランカ仏教復興・独立運動指導者)、アルテミオ・リカルテ(フィリピン、反米の闘士)、孫文(中国の国父と仰がれる大アジア主義者)、李容九(日韓合邦論者)、マハトマ・ガンジー(非暴力・非服従主義のインド独立運動の指導者)、オーロビンド・ゴーシュ(インド独立の精神的リーダー)、ムハンマド・イクバール(イスラーム詩人)、ウ・オツタマ(ビルマの僧正)、クォン・デ(ベトナム独立運動の指導者)、宋教仁(中国の愛国者)、ビハリ・ボース(インド独立運動家)、マヘンドラ・プラタップ(アフガニスタンで戦ったインドの宗教家)、マハンマド・クルバンガリー(日本とイスラムの架け橋として活動した亡命トルコ系ロシア人)、ベグニド・ラモス(フィリピン独立闘士)、チャンドラ・ボース(インドの国父)、ピブーンソンクラーム(タイ民族主義者)、スカルノ(インドネシア建国の父)、モハマッド・ハツタ(インドネシア独立の英雄)、アウン・サン(ビルマ独立の志士)、スハルト(インドネシア開発の父)、マハティール・ビン・モハマド(マレーシアの政治家)、ラジャー・ダト・ノンチック(マレーシアの志士)。


萬子媛関連


森銑三著作集 第9巻
森 銑三 (著)
出版社: 中央公論社 (1971/5)

興味から


シモーヌ・ヴェーユ著作集 3 重力と恩寵,救われたヴェネチア
シモーヌ・ヴェーユ (著), 渡辺 一民 (翻訳), 渡辺 義愛 (翻訳)
出版社: 春秋社 (1968/05)

星に帰った少女
末吉 暁子 (著), こみね ゆら (イラスト)
出版社: 偕成社; 改訂版 (2003/01)

波のそこにも
末吉 暁子  (著), 佐竹 美保 (イラスト)
出版社: 偕成社 (2015/7/15)